「どうせまた悪いことが起きる」——その感覚、哲学が答えを持っていた
「どうせまた悪いことが起きる」
——その感覚、哲学が答えを持っていた
「頑張っても無駄」「また同じことが繰り返される」。そんな思いを抱えているあなたへ。ニーチェの哲学から、心が楽になるヒントをお伝えします。
苦しみを否定せず、
それでもなお「生きてよかった」と言えること
「うまくいっても、どうせまた失敗する気がする」「あの人とはきっとまた揉める」「なんで私だけいつも……」。そんなふうに感じることはありませんか? 実はこの感覚、哲学の世界では長い間、真剣に考えられてきたテーマです。今日は、ドイツの哲学者ニーチェのことばを手がかりに、この気持ちと少し違った角度から向き合ってみましょう。
「悲観主義」は、単なるネガティブ思考ではない
「ペシミスト(悲観主義者)」と聞くと、「何でも暗く考える人」というイメージがあるかもしれません。でも哲学の世界では、これはもっと深いテーマとして扱われています。ニーチェは「人生には苦しみや理不尽さが必ずある」という現実を出発点に、そこからどう生きるかを考えました。
彼が注目したのは、「苦しみがある」という事実そのものではなく、その苦しみに対してどんな態度をとるかでした。
諦めと撤退
「どうせまた失敗する」と可能性を閉じ、生きるエネルギーを失っていく。苦しみから逃れようと、人生そのものを縮小していく態度。
現実を見た上での肯定
「苦しいことは確かにある。それでも生きていく」と、痛みを知りながら前を向く態度。逃げるのではなく、引き受けて立つこと。
カウンセリングの場で出会う方の多くが、前者の状態で来られます。「またどうせ……」という気持ちは、決して弱さではなく、何度も傷ついてきた証拠です。でも、そこから少しだけ動いていける方法があります。
「また繰り返される」という恐れ——永劫回帰という思考実験
ニーチェの最も有名な思想のひとつに「永劫回帰(えいごうかいき)」があります。これはSFではなく、ある問いかけとして考えてもらうものです。
もし今のこの人生が、苦しみも悲しみもそのままに
永遠に何度でも繰り返されるとしたら——
あなたは「それでいい」と言えますか?
これを聞いて「絶対に嫌だ」と思う方も多いでしょう。それは自然な反応です。ニーチェが問いたかったのも、まさにそこです。
「また同じ上司に怒鳴られた。私はいつもこうだ。これが永遠に続くくらいなら、もう何もしたくない」——これが弱きペシミズムの反応です。苦しみが連鎖するイメージで自分を縛ってしまいます。
「また怒鳴られた。つらい。でも私は昨日、同僚に感謝されたし、帰りに好きなコーヒーを飲んだ。これが繰り返されるなら、怒鳴られることも込みで、引き受けよう」——これが強きペシミズムの芽生えです。
もちろん、後者がすぐにできるわけではありません。でも、「また繰り返される」という恐れが、いつか「繰り返してもいい瞬間」を育てる力に変わることもある。それが、ニーチェのいう「運命愛(アモール・ファティ)」というものです。
「どうせ繰り返す」が、なぜ心を縛るのか
心理学的な視点からみると、「どうせまた同じことが起きる」という感覚には、いくつかのパターンが関係していることがあります。
① 過去の経験が「未来の地図」になってしまっている
たとえば、小さい頃から「頑張っても認めてもらえなかった」経験が重なると、大人になっても「どうせ認められない」という期待が先に立ちます。これは記憶から脳が作った予測であり、事実とは違うことも多いのですが、本人にはとてもリアルに感じられます。
② 「最悪を予期すること」が、自分を守る手段になっていた
「どうせダメだ」と先に思っておけば、傷つきが少ない——そう学んできた方もいます。これは弱さではなく、かつて必要だった知恵です。ただ、今もそれが続いているとしたら、少しだけ荷物を下ろしてみませんか。
カウンセリングの場で
「また失敗するかもしれない。でも、あの瞬間はよかった」「つらいことの中にも、こんな気持ちがあった」——そういった小さな発見を、安全な場所で一緒に言葉にしていく時間が、カウンセリングです。哲学的に言えば、「繰り返してもいい瞬間」を少しずつ増やしていく作業かもしれません。
「諦め」と「受け入れ」は、まったく違うもの
ニーチェの哲学でもっとも大切なことのひとつは、「受け入れること」と「諦めること」は全然違う、ということです。
可能性を閉じる
「どうせ無駄」「変わるはずない」と、自分の世界を小さくしていく。痛みを避けるために、生きることを縮小する。
現実を見て、前に立つ
「これが私の人生だ。しんどいこともある。それでも、今日も生きていく」と、現実と共に動き続ける。
「諦め」は静止です。「受け入れ」は動き続けることです。ニーチェの「超人」というのも、何も傷つかない完璧な存在ではなく、傷を知りながらも立ち上がり続ける人のことでした。
あなたが今感じている「どうせまた……」という気持ちも、それだけ真剣に生きてきた証です。その気持ちと一緒に、少しだけ話してみませんか。
「また同じことを繰り返してしまう」
そのお気持ちを、一緒に整理しませんか
浜松市三方原町にある公認心理師のカウンセリングルームです。
初めての方も、話すことに慣れていない方も、ゆっくりとしたペースでお話しいただけます。
オンライン相談もお受けしています。
- 1 Nietzsche, F. (1882). Die fröhliche Wissenschaft. E. W. Fritzsch.(ニーチェ, F./村井則夫 訳(2012).『悦ばしき知識』河出書房新社)
- 2 Nietzsche, F. (1883–1885). Also sprach Zarathustra. Ernst Schmeitzner.(ニーチェ, F./氷上英廣 訳(1967).『ツァラトゥストラはこう言った』(上・下)岩波文庫)
- 3 Reginster, B. (2006). The Affirmation of Life: Nietzsche on Overcoming Nihilism. Harvard University Press.(ニーチェにおけるペシミズムの2類型——弱さと強さの悲観主義——を体系的に論じた研究書)
- 4 Beck, A. T., Rush, A. J., Shaw, B. F., & Emery, G. (1979). Cognitive therapy of depression. Guilford Press.(ベック, A. T. ほか/坂野雄二 監訳(1992).『うつ病の認知療法』岩崎学術出版社)——「また繰り返される」という認知パターン(自動思考・予測的悲観)の心理学的基礎として参照