「どう思う?」が育てるもの― 子どもに問いかけるということ ―
「どう思う?」が育てるもの
― 子どもに問いかけるということ ―
答えを教えるより、問いを贈ること。
その小さな習慣が、子どもの一生を支える力になります。
「どうしてそんなことしたの!」
「早くしなさい、なんでできないの」
子育てをしていると、こんな言葉がつい口をついて出てくることがあります。悪気はない。むしろ、一生懸命だからこそ出てくる言葉です。でも、その言葉を受け取った子どもはどう感じているでしょうか。
今日は、日々の子どもへのかかわり方のなかでも、特に「問いかけること」の力についてお話ししたいと思います。答えを与えること、正解を教えることより、ずっと深いところで子どもの力を育てるかかわり方があります。それが、「問いかける」という関わり方です。
答えを「渡す」より、問いを「贈る」
私たちは子どもに良かれと思って、たくさんのことを「教えます」。「こうしたらいいよ」「それは違う」「次はこうしなさい」。もちろん、それが必要な場面もあります。でも、日常のほとんどの場面において、私たちは教えすぎているかもしれません。
たとえば、こんな場面を想像してみてください。
大人Aの関わりは親切で正確です。でも子どもが学ぶのは「大人の言う通りにする」というパターンです。大人Bの関わりは少し遠回りに見えますが、子どもが自分で考え、自分で答えにたどり着く体験をしています。この違いは小さいようで、積み重なると大きな差になります。
問いかけは、子どもに「考える機会」を贈ることです。答えを渡すのは「魚を与える」こと、問いを贈るのは「釣り方を教える」こと、と言えばわかりやすいでしょうか。でもそれよりもっと根本的なこととして、問いかけは「あなたには自分で考える力がある」というメッセージを届けることでもあります。
問いかけが育てる、6つの力
日々の問いかけは、一見ちいさな会話のやりとりです。でもその積み重ねが、子どもの中にとても大切な力を育てていきます。
「どんな気持ち?」と問われることで、自分の感情や考えに気づき、言葉にする練習を積み重ねます。
「どうしてこうなったと思う?」「どうすればいいかな?」という問いが、論理的な思考と判断力を育てます。
「あの時どうだったと思う?」と振り返りを促すことで、出来事を自分の物語として統合していきます。
「○○ちゃんはどんな気持ちだったと思う?」という問いが、相手の内側を思いやる共感力を育てます。
自分の考えを問われ、それが受け入れられる体験が「言っていい」という安心感をつくります。
「どうしたらいいと思う?やってみた?どうだった?」のサイクルが、困難から立ち直る内側の力を育てます。
これらの力は、どれも「外から教え込む」ことが難しいものです。問いかけられ、考え、自分の言葉で答え、それが受け入れられる、という体験の積み重ねの中でしか育ちにくいものでもあります。
「受け入れる」ことが、問いを問いにする
問いかけることと同じくらい、いやそれ以上に大切なことがあります。それは、子どもが答えたことを受け入れることです。
もし「どう思う?」と問いながら、子どもの答えを「それは違う」「もっとちゃんと考えて」と否定したり、大人が期待する答えへ誘導したりするとしたら、その問いは問いではなくなります。それはむしろ「正解を当てるクイズ」になってしまいます。
「嫌い」という言葉を否定するのではなく、いったん受け取ること。そしてその先にある気持ちへと問いを続けること。これが「受け入れながら問いかける」という関わりです。
受け入れることは、「何でも許す」ことではありません。行動に対して注意が必要な場面はもちろんあります。でも「気持ち」については、まず受け入れること。「そう感じたんだね」という一言が、子どもに「自分の気持ちは本物だ」「ここでは正直に言っていい」という安心感を与えます。
「伝わる言葉」を育てる場としての対話
問いかけが育てるのは、自分の内側を知るだけではありません。それを「他の人に届ける」力も同時に育てます。
自分の考えや気持ちを、相手に伝わるように言葉にすること。これは、社会の中で生きていくための、とても基本的で大切な力です。でも、案外これが難しい。「なんか嫌だった」「うまく言えないけど…」という言葉に詰まる子どもたちは少なくありません。
日常的な問いかけと、その答えを受け取る体験が積み重なると、子どもは少しずつ「自分の気持ちや考えを言葉にする」練習をすることになります。最初は「なんか嫌だった」でいい。でもそこから「どんなところが?」「どうして嫌だと思ったの?」という問いが続くことで、子どもは少しずつ自分の内側を言語化する力をつけていきます。
「食べたくなかった」という言葉の下に、孤独感があったかもしれない。問いを重ねることで、子どもは自分でも気づいていなかった気持ちを発見することがあります。これは子どもにとって、自分を知る体験であると同時に、それを言葉にして届ける練習にもなっています。
大人の役目 ― 「正解の審判」ではなく「問いの同伴者」
ここまで読んでいただいて、「問いかけることが大切なのはわかった。でも、実際どうすればいいの?」と思われた方もいるかもしれません。
一つ、とても大切なことをお伝えしたいと思います。それは、問いかける大人の役目は「正解の審判員」ではなく「問いの同伴者」だということです。
「問いの同伴者」として意識したいこと
- 子どもの答えに「正解・不正解」をつけない
- 「そっか、そう思ったんだね」とまず受け取る
- 答えが出なくても、「一緒に考えてみようか」と寄り添う
- 自分の考えを押しつけず、問いを続ける
- 沈黙を埋めようと急がない(考えている時間を大切にする)
- 子どもの言葉を繰り返す(オウム返し)だけでも十分なことがある
「正しいことを教えなければ」という思いは、親としてとても自然なものです。でも問いかける関わりにおいては、一度その鎧を外してみること。「この子はどう考えているんだろう?」という純粋な好奇心で子どもに向き合ってみてください。
そうすると不思議なことが起きます。子どもはみるみる言葉数が増え、表情が豊かになり、自分から「ねえ聞いて」と話しかけてくるようになることがあります。それは、「ここでは自分の話が聴いてもらえる」という安心が生まれたサインです。
「問いかけ」が育てるのは、子どもだけではない
最後に、少し違う角度からお話しします。
子どもに問いかける習慣は、実は大人自身をも変えていきます。「この子はどう感じているんだろう」「どんな体験をしているんだろう」と問いを持ちながら子どもと関わることは、大人がより丁寧に、より深く子どもを「見る」ことにつながります。
子育ては、子どもが育つ場面であると同時に、大人もまた育てられる場です。子どもの答えに驚き、「こんな風に感じていたのか」と気づかされることは、親としての視野を広げてくれます。
今日、子どもに「どう思う?」と聞いたことはありましたか?
その答えを、最後まで聴けましたか?
もし「あまりなかったかも」と感じても、それで十分です。気づくことが、最初の一歩です。明日、一つだけ「どう思う?」を試してみてください。答えがどんなものであっても、「そっか」と受け取るだけでいい。それだけで、子どもとの関係に小さな変化が生まれるかもしれません。
問いかけは、愛の形の一つです
「どう思う?」「どんな気持ち?」「どうしたい?」——これらの言葉は、子どもに対する深いリスペクトを含んでいます。「あなたには考える力がある」「あなたの気持ちは大切だ」「あなたのことを知りたい」というメッセージを、言葉に乗せて届けることでもあります。
答えを教えることも大切な親の役割。でも問いを贈ることは、もっと長く、もっと深く子どもの中に残るものを育てます。今日から少しずつ、「問いかける関わり」を暮らしの中に取り入れてみてください。
あなたと、お子さんの日々が、豊かで温かいものでありますように。