確かに、子どもを強制的にじっとさせ、大人の都合で「動くな」と管理することへの疑問は、 とても大切な問いかけです。 子どもには動きたい、試したい、関わりたいという自然な衝動があります。 それを頭ごなしに抑え込むことが続けば、 自分から考え行動する力——主体性——が育ちにくくなるという指摘は、 心理学的にも理解できる話です。
しかし、ここで少し立ち止まって考えてみたいのです。 「壁ペッタンはダメ」という結論だけを正解として採用することもまた、 一つの思考停止ではないだろうか、と。
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虐待や不適切は絶対にダメ。一方、主体性や自発性・・・その言葉は正しいかもしれない。
でも、「正しい言葉」を振りかざすだけでは見えてこないことがある。
「子どもの主体性を守るために、壁ペッタンはやめよう」
——その言葉は正しいかもしれない。
でも、「正しい言葉」を振りかざすだけでは見えてこないことがある。
よくある場面
遠足の出発前。子どもたちを列に並ばせて待たせなければならない。
「みんな、壁にピッタリくっついて待っててね!」
動き回る子、おしゃべりする子——保育者の焦りの中で、
気づけば子どもたちは壁に背中をつけて、じっと立たされています。
これが「壁ペッタン」です。 近年、この関わり方が問題視され、 「子どもの主体性を損なう」として見直しを求める声が高まっています。
確かに、子どもを強制的にじっとさせ、大人の都合で「動くな」と管理することへの疑問は、 とても大切な問いかけです。 子どもには動きたい、試したい、関わりたいという自然な衝動があります。 それを頭ごなしに抑え込むことが続けば、 自分から考え行動する力——主体性——が育ちにくくなるという指摘は、 心理学的にも理解できる話です。
しかし、ここで少し立ち止まって考えてみたいのです。 「壁ペッタンはダメ」という結論だけを正解として採用することもまた、 一つの思考停止ではないだろうか、と。
壁ペッタンへの批判の多くは、 「子どもを強制的・画一的に管理すること」への問題提起です。 これは正当です。 でも、それは「待つという経験そのものが悪い」ということとは違います。
5歳のりくくんは、バス停で順番を待てずに割り込んでしまいます。 「なんで待てないの」と注意されても、 そもそも「待つ」という経験をほとんどしてこなかったとしたら?
壁ペッタンのように強制で待たせることには問題があります。 でも、「待てるようになるための経験と支援」は別の話です。 目的は、じっとさせることではなく、 「待つことには意味がある」と自分で納得できるようになることです。
ある保育者は壁ペッタンをやめた代わりに、こうしました。
「出発まで5分あるよ。どうする? 二人組でじゃんけんしてもいいし、
静かに深呼吸してもいいよ」
子どもたちは思い思いに過ごし、声がかかると自然に集まりました。 「自分で選んで待った」という体験が、主体性と自己調整力を同時に育てます。
壁ペッタンをなくすことは、「管理をなくすこと」ではなく、 「より良い管理の形を模索すること」です。 この区別がないまま「主体性のために壁ペッタンをやめよう」だけが広まると、 現場はただ「何もしない」選択に向かいやすくなります。
主体性を重視する保育・教育の考え方は、本当に大切です。 ただ、「主体性」という言葉が強調されすぎると、 現場でこんな誤解が生まれることがあります。
❌「介入すると主体性を傷つける」→ だから何もしない
❌「子どもがやりたくないことはさせない」→ 社会のルールを学ぶ機会が失われる
❌「待たせるのは管理だからダメ」→ 待てない子が増える
壁ペッタンをやめた園で、子どもたちが待ち時間に自由に動けるようになりました。 でも、あるとき保育者が気づきます—— 「声をかけてもなかなか集まれない。活動の切り替えが苦手な子が増えてきた気がする。 何かが変わった?」
「やめた」ことで何かが変わった可能性に気づいた保育者。 このように自分の実践を見直せることが、バランスのとれた大人の姿勢です。 「主体性を大事にしているから」という言葉は、 振り返りを止める言い訳にはなりません。
主体性とは、「好き勝手にできること」ではありません。 「自分で考え、選び、周囲と折り合いをつけながら動く力」です。 そのためには、大人からの適切な関わり・情報・価値観の伝達が不可欠です。
どんなに正しい言葉も、
疑わずに信じ込むと
「思考の枠」になる。
「壁ペッタンはダメ」という問題提起は、重要です。 でも、その言葉を手がかりとして深く考えることを止めてしまうと、 別の問題が生まれます。
大人——保育者も、保護者も——が本当に必要としているのは、 「今の自分の関わり方は、どこかに偏っていないか」と定期的に自問できる習慣です。
ある保護者は「主体性が大事」と学んでから、 子どもがぐずるたびに要求をすぐ通すようになりました。 半年後、子どもは保育園で「自分の思い通りにならないと泣き続ける」姿が目立つようになりました。
「私の対応は子どものためになっているか?
それとも、”主体性を守っている”という気持ちよさのためになっているか?」
このように問い直せる余裕が、子どもを本当に守る力になります。
これは「今までの自分が間違っていた」と責めることではありません。 人間は誰でも、何かに影響を受けて偏ります。 大切なのは、偏らないことではなく、偏りに気づいて修正できることです。
「壁ペッタンをやめる」ことを出発点にしながら、 では具体的にどんな関わりができるでしょうか。
壁ペッタンをやめたある保育士は、 朝の集合時間に「今日は何して待つ?」と聞くようにしました。 最初は戸惑っていた子どもたちも、数週間後には 「ぼく深呼吸する」「わたし友達に今日の夢の話する」と 自分で決めて待てるようになってきました。
「強制された静寂」が「選んだ落ち着き」に変わったとき、 子どもたちの表情も変わっていきました。 これが、主体性と適応力が同時に育つ瞬間です。
「壁ペッタンは悪い」という問題提起は、大切な一歩です。
でも、その先に必要なのは「では、どうする?」という問いを持ち続けることです。
主体性を大切にしながら、社会の中で適応していく力も育てる。
そのために大人が持つべきものは、
正しい答えを一つ持つことではなく、
自分の関わりを見直し続けるバランス感覚ではないでしょうか。
「この考え方に偏りはないか」と問い直せる余裕。
それが、子どもを本当の意味で守る大人の姿だと、私たちは信じています。
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