「あの出来事はもう終わったはずなのに、似た場面になると、あの時と同じ緊張が戻ってくる」
セルフケアで気持ちを整理することも大切ですが、長年積み重なった緊張や生きづらさは、安心できる誰かとの対話の中でこそ、少しずつほどけていくことが多くあります。
「何もないのに、なぜか安心できない」
その感覚は、あなたの神経が今も頑張っているサインかもしれません
トラウマ後の“安全感”はどう回復していくのか
「大きな問題は起きていないはずなのに、なんとなく気が休まらない」
「人といても一人でいても、心から力が抜ける瞬間が少ない」
「あの出来事はもう終わったはずなのに、似た場面になると、あの時と同じ緊張が戻ってくる」
こうした感覚を「気の持ちようの問題」だと思って、自分を責めてしまう方は少なくありません。しかし実際には、私たちの神経系には、周囲が安全かどうかを絶えず監視し続ける仕組みが備わっており、つらい経験を重ねるほど、その監視が「警戒モード」から抜けにくくなるだけなのです。
今回は、そうした神経の仕組みと、安全感を少しずつ取り戻していくための考え方を、専門用語をなるべく使わずにご紹介します。
① 心と身体には「3つの状態」がある
私たちの自律神経は、大きく分けて3つの状態を行き来していると考えられています。
① おだやかな状態
呼吸や心拍が落ち着き、人と目を合わせたり、自然に会話ができたりする状態。子どもが親のそばで安心して眠れるのも、この状態にあるからです。
② 身構える状態
危険や不安を感じ、心拍が上がり、身体が緊張して「戦うか逃げるか」の準備を始める状態。イライラ、そわそわ感、過剰な警戒心などはこの表れです。
③ シャットダウンする状態
逃げることも立ち向かうこともできないと感じたときに現れる状態。やる気が出ない、疲れが取れない、頭がぼんやりする、感情が動きにくいといった感覚は、実はこの状態のサインであることがあります。
本来この3つは、状況に応じて自然に切り替わるものです。ところが、つらい経験が重なったり、安心できる関係を十分に持てなかった時期が長かったりすると、②や③の状態に留まりやすくなり、「いつも気が張っている」「何をしても力が湧かない」という感覚が続いてしまいます。
最初は些細なことで笑い合えていた関係が、次第に小さな衝突が増え、やがて「言っても仕方がない」とお互い何も話さなくなっていく――これも、関係の中で安心を感じにくくなった心が、あきらめに近い③の状態へ落ち着いてしまった一例と考えられます。
② その反応は、弱さの証拠ではありません
つらい出来事そのものより、大切な視点があります。
つらさの正体は「出来事」そのものではなく、その出来事に対して身体と神経系が今も続けている「反応」であるという考え方です。
これは、実はとても希望のある捉え方です。「出来事」は過去のものであっても、「反応」は今の状態なので、今この瞬間から少しずつ変化させていくことができるからです。
同じ職場でのトラブルに居合わせた二人の同僚。一人はその日のうちに信頼できる先輩に状況を話し、少しずつ気持ちを整理していきました。もう一人は「大したことじゃない」と自分に言い聞かせ、誰にも話さないまま過ごしました。
数か月後、同じ出来事について、前者は落ち着いて振り返れるようになっていた一方、後者はふとした瞬間にあの時の緊張がよみがえるようになっていた――というのは、決して珍しい話ではありません。
出来事の大きさよりも、「その気持ちを最後まで受け止めてもらえたかどうか」が、その後の心の状態を大きく左右することがあるのです。
怖い場面で本を閉じてそのままにしていると、その本のことを思い出すたびに、怖かった場面ばかりが浮かんできませんか。最後まで読み進めれば、物語は思わぬ形で収束していくかもしれないのに、途中で止めてしまうと、心の中ではその怖い場面だけが繰り返し再生されてしまいます。
つらい経験も同じで、途中で止まったままの気持ちを、もう一度最後まで動かしていくプロセスが、回復にはとても大切なのです。
③ 一人で抱えなくていい ―「安心はおすそ分けできる」
「自分のことは自分で何とかしなければ」という考え方が強い時代ですが、実際にはこう言えます。
人とのつながりの中で安心を取り戻すことは、決して弱さではなく、むしろ回復のためにとても自然で理にかなった道筋である。
そばにいる人が落ち着いていると、なぜか自分の気持ちも静まってくる――そんな経験は誰にでもあるはずです。安心は、自分一人で作り出すものであると同時に、安心している誰かから「おすそ分け」してもらえるものでもあります。
身近な人でなくても構いません。学生時代にいつも穏やかに話を聞いてくれた先生、旅先で親切にしてくれた店員さん、飼っていたペット――「この存在といると、なぜか安心できる」という記憶を一つ思い浮かべてみるだけでも、張り詰めていた気持ちが少し緩むことがあります。
そして、この「安心を分けてもらう相手」は、家族や友人に限りません。信頼できるカウンセラーとの対話も、まさにこうした働きを持っています。「話を最後まで聞いてもらえた」「否定されずに受け止めてもらえた」という経験そのものが、回復への大きな一歩になるのです。
ひとりで抱え込まず、安心を分け合う場所を
ここまでご紹介してきたのは、心と身体のつながりを大切にする「トラウマ・インフォームド・ケア」という考え方の一部です。セルフケアで気持ちを整理することも大切ですが、長年積み重なった緊張や生きづらさは、安心できる誰かとの対話の中でこそ、少しずつほどけていくことが多くあります。
「なぜかいつも気が張っている」「頑張っているのに疲れが抜けない」「人との距離感がうまくつかめない」――そうした感覚に心当たりがある方は、一人で抱え込まず、専門家と一緒にその背景を紐解いていくことをおすすめします。
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